業界の“駆け込み寺”発起人・海老澤美幸弁護士に聞く、ファッションローの最前線

海老澤美幸弁護士
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官僚からファッション誌の編集者に転身し、法曹としての道を歩み出した海老澤美幸さん。業界内でも注目を集めたファッション法律問題の相談窓口『fashionlaw.tokyo』を立ち上げて2年が経った今、どのような法律問題と日々向き合っているのかを尋ねた。

【海老澤美幸さんプロフィール】
大のファッション好きで、大学時代はバーニーズ・ニューヨークでのアルバイトを経験。卒業後は自治省(現総務省)に入省し充実した日々を過ごすも、ファッション業界への思いが再燃。「ファッションは趣味でいいじゃない」と上司に惜しまれながらも、「趣味じゃダメなんです。どっぷりやりたいんです!」と1年半で退職。

その後、宝島社に入社し女性ファッション誌『SPRiNG』の編集者に転身。“ずっと文化祭の前日”のような、エキサイティングな4年間を過ごす。2003年、自身の思い描くクリエイティブを実現すべく、スタイリング技術を習得するため渡英。

デザイナー・スタイリストのMarko Matysik氏に師事し、帰国後はスタイリング・編集の両方を手がけるファッションエディターとして独立。『ELLE JAPON』をはじめ数々のファッション誌に携わる。デジタルへの過渡期と、かねてからの業界への課題意識から、2012年一橋大学法科大学院に入学し、法曹の道へ。2017年より弁護士としての活動をスタートし、現在は三村小松法律事務所に在籍。

ファッション業界からロー業界に転じた経緯

現場の課題や労働環境に、ずっとモヤモヤしていた

「編集者として働き続けている間も、ハードな業務で精神的な病気にかかる人や、体を壊す人を見てきて、“ブラックだなあ”って意識はありました。その後、フリーランスで仕事をしていく中で、一番大きなきっかけになったのは、クリエイターや所属事務所の間でもよく話題になっていた、相次ぐクリエイティブの二次使用。“雑誌の編集ページに携わったクリエイティブが、気づいたら広告のポスターになっていた”という問題です」

多くの人手がかかった写真。権利は誰にある?

法律的な視点で「編集ページの1カット」を捉えた際、原則的にはカメラマンには著作権が、モデルには肖像権が認められる。そのため出版社は、両者の許諾を得て、必要な支払いさえすれば、広告クリエイティブとしてそのカットを活用できるのだ。

撮影ディレクターを務めた編集者は、広告でいうクリエイティブディレクターの立ち位置だが、それでも作品に対する権利は認められにくい。ヘアメイクやスタイリストも撮影に不可欠なクリエイター。だが同じく原則的に権利はないと考えられている。こうした背景から、カメラマン・モデル以外のスタッフにことわりなく、広告に無断使用される事態が数多く発生したのだという。

「こうした問題を解決していかなければ、雑誌自体が下降していくのでは?」と詳しい弁護士を調べてみたこともあったが、ファッションや出版業界の実情、撮影の実態に精通した存在には、ついに出会うことはなかった。

海老澤美幸弁護士

「業界から、いいクリエイティブが無くなってほしくない」

こうした状況のなか、海老澤さんにとっては見過ごせない現象があった。

「才能あるクリエイターが、自由に表現できるはずの雑誌になかなか留まらず、広告に流れていく傾向がありました。もちろん権利問題のせいだけではありませんが、出版社や企業からの一方的な圧力や押し付け、商慣習によって、クリエイティブのクオリティが落ちていってしまうのは、とてももったいなく、残念なことだなと思ったんです」

加えて、時代はデジタルへの過渡期だった。

「雑誌も若干低迷気味で、デジタルへの移行など、いろいろと模索していた時期。そんなとき、“デジタルに移行する際の権利関係も含めて、ファッション業界の法律関係ってどうなるんだろう? 1人くらい詳しい弁護士がいないと困るんじゃないか?”と。それで“そういえば私、法律学科だった!”と思い出して。自分は現場にいた人間として実情もある程度分かるし、経験を活かせれば……と」

法律家として立ち上げた、ファッション業界の“駆け込み寺”

『fashionlaw.tokyo』スタートの背景

こうしてロー業界に転じ、弁護士としての活動をスタートした海老澤さんは、ファッションにかかわる法的な問題に直面した人を専門的立場からサポートする相談窓口『fashionlaw.tokyo』を立ち上げた。海老澤さんの他にも弁護士1名、弁理士1名の3名体制でリニューアルを計画しているという。

『fashionlaw.tokyo』webサイト
『fashionlaw.tokyo』webサイト

「ファッションに関わる方々に何か問題が起こったとき、パッと相談できる“駆け込み寺”があればと、ずっと思っていたんです。どこに相談すればいいのかそもそも分からなかったり、わざわざ弁護士に相談するのもハードルが高く、自分も実際そうでした。

日本では、法律問題を民法・刑法など法律で分ける傾向があり、ファッションなど業界に関する法律を横断的に括ることは少ないので、それができるといいなと。自身の考えを前事務所のボスに相談すると、“作っちゃいなよ!”と背中を押され、立ち上げました」

どんな問題が起こっているの? ファッションローの最前線

「我々がいつも相談者の方に伝えているのは、何かトラブルが起こってからでは、時間も費用もすーっごくかかってしまうってことなんですよね……」と海老澤さん。

事前に食い止められさえすれば、ごく少額の費用と時間で済むケースも多いため、こうした意識が少しでも浸透していくのが理想的だという。

典型的な、海外の商標問題

「典型的なのは、海外進出の際の商標問題。特に中国では、“服飾学生のブランドが、コンペティションで入賞”とリリースされた途端に商標が取られてしまうイメージですね! “軌道に乗ったから中国でも展開を”と思ったら既に商標が取られていた、ってケースは非常に多いです。すると数百万で買い取りを要求されたり、ブランド名そのものや、ロゴの変更を余儀なくされたり……。お金はかかってしまいますが、これを防ぐためにも、できるだけ早く商標はとっていただきたい」

デザインのコピー問題は増え続けている

コピー問題は、“パクられた!”だけでなく、その逆も非常に多いという。

「法律的にはセーフと考えられる場合でも、ものすごい勢いでSNSが炎上してしまうことも頻繁。リスクマネジメントもかなり重要になってきています。

他にも、多言語対応のECサイトを作ったら、“パクってますよね”と海外から警告書が届いた…ってケースも増えています。海外と日本では法制度が異なるので、“まさかこれで意匠権はとらないだろう”ってモノやデザインが海外で登録されていることも少なくありません。ECサイトやSNSで発信していると、世界中どこからでもアクセスできますし、“多言語対応ということは海外でも利益を上げている”と判断されやすく、問題に発展します。海外との制度の違いや、コピー商品の影響力は大きい、という意識も必要です」

労働・契約問題も、メイントピックスのひとつ

「ファッションローというと知財関係の話がほとんどだと思われることも多いですが、実は労働関係や契約、モデルの人権についてもメインのひとつ。最近多いのは、インフルエンサービジネスに関する法律問題。人間に留まらず、バーチャルインフルエンサーに関する相談も増えています」

次世代のインフルエンサーにも、契約の重要性を説く

コンデナスト・ジャパンが発信するInstagramオンリーメディア『RUMOR ME』からの依頼で、次世代インフルエンサー向けワークショップの講師も務めている。

「みんな年若く、SNSネイティブな子どもたち。法律や規約を意識せずに日々SNSを利用していて、Instagramの利用規約も、誰も読んでいない。なので、“利用規約はどこにある?”から始まり、ヌードや差別的表現などの禁止事項や、著作権に関する話もしました。

本人たちが実際にアップした画像を事例に、“人が映り込んだ街中の写真はどうする?”、“お店の看板が入った写真は使っていいのかな?”など、リスクについて説明しました」

参加者は未来のインフルエンサーとあって、契約の重要性についてもしっかりとレクチャー。

「まず“契約がどういうものか”ということから、注意してほしいポイントを話しています。無知を利用して、インフルエンサーに不利な契約や、競合排除など、拘束の厳しい契約を結ばされるケースも多いので。また、いわゆるステマの話や事例も紹介しました。

少しでも頭に残してもらい、“何か引っかかるな”と思うことがあったとき、周りに相談するきっかけになれば」

後編では、次世代を担う若いクリエイターへの思いや、ファッション業界の課題や未来を見据えた具体的な取り組みもインタビューする。